本物の緑
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宇宙にひとつだけの「緑の星」を売る観光会社。その色が五十年たっても褪せない理由を、引退した天文学者が問いただす。
緑色の星は、宇宙にひとつしかない。 少なくとも、α氏の会社の広告にはそう書いてあった。
「本物の緑です。疑似カラーではありません」
観光船の展望室で、α氏は何百回目かの口上を述べた。窓の外には小さな星が浮かんでいる。白色矮星と呼ばれる、燃えつきた星の芯だ。その光は、若葉を透かしたような黄緑色をしていた。
客たちはため息をもらした。白い手すりも、白いテーブルクロスも、客の白いシャツも、みなうっすらと緑に染まっている。星の縁だけが、夕焼けのようにオレンジ色ににじんでいた。
「なぜ緑なのですか」
最前列の老人が手をあげた。β氏という、引退した天文学者だった。α氏はこの手の客が苦手だった。
「大気にナトリウムが混ざっているからです。ナトリウムがオレンジ色の光を吸い、残った光が緑に見えるのです」 「そのナトリウムは、どこから来たのですか」 「昔、星のまわりにあった岩石が落ちこんだのです」 「岩石というと、惑星ですな」 「昔の話です」
α氏は笑顔をくずさず、つぎの見どころへ話を移した。
ツアーが終わると、β氏が事務所をたずねてきた。
「ひとつ、気になることがありましてな」
差しだされた端末には、過去五十年分のスペクトルが並んでいた。
「重い元素は、白色矮星の大気にとどまっていられません。強い重力で、すぐ内側へ沈んでしまう。ナトリウムはどんどん減っていくはずです。なのに、この星の緑はちっとも薄くならない」
α氏は黙っていた。
「だれかが、ときどき足しているのでは」
α氏はため息をつき、ブラインドを上げた。星の向こうの暗がりを、岩のかたまりがゆっくりと軌道を外れて落ちていく。会社が買いとった、名もない小惑星だった。
「ナトリウムの多い天体を、鉱山会社から安く仕入れています。十年にひとつ落とせば、色が保てるのです」 「なんと」 「緑でなくなったら、ただの冷えた星です。白色矮星はたいてい白い。名前のとおりにね。白い星を見るために、何光年も旅する人はいません」
β氏はしばらく考えこんでから、たずねた。
「小惑星は、あといくつ残っているのですか」
α氏は答えなかった。答えは、今朝の役員会で聞いたばかりだった。
近くの小惑星は、もう掘りつくしていた。遠くから運んでいては採算が合わない。ナトリウムを多くふくみ、手ごろな大きさで、すぐに軌道を変えられる天体は、ひとつしか残っていなかった。
その晩、α氏は社宅の窓から空を見あげた。緑の星が、いつものように庭の白い柵を黄緑に照らしている。社員と家族、それに観光客相手の店の人々。あわせて三千人ほどが暮らす、小さな惑星だった。地面は塩からく、掘ればいくらでもナトリウムが出た。
翌月、会社は新しい広告を出した。
「本物の緑の光のもとで、永遠の暮らしを。永住区画、好評分譲中」
区画は高値で、またたく間に売りきれた。緑に染まった白いシャツを毎日着られるなら、いくら払ってもいいという人は、宇宙にいくらでもいたのだ。
契約書の最後の条項を書くとき、α氏の手はわずかにふるえた。
「本区画は、当社の景観維持計画にしたがい、予告なく軌道を変更することがあります」
α氏はその月のうちに、観光船の乗務員寮へ引っ越した。
十年後。
緑の星は、これまでになく鮮やかに輝いていた。観光客たちは口々に、いままででいちばん美しい緑だとほめた。
「本物の緑です。疑似カラーではありません」
α氏がいつもの口上を述べると、最前列の少年が手をあげた。
「前に来たとき、星のそばに、もうひとつ小さな惑星がありました。あそこの人たちは、どこへ行ったんですか」
α氏は、窓の外の緑の光を手のひらで示した。
「みなさん、永住されました」
Afterword
記念すべき一本目。元ネタは白色矮星の色がじつはいろいろある、という論文で、タイトルの「Any colour you like」からしてもうずるい。燃えつきた星の芯が若葉みたいな緑に光る、という絵だけで一本書けると思った。
で、きれいな色には維持費がかかる、という方向にひねったら、最後にずいぶん怖い場所に着地してしまった。広告の「疑似カラーではありません」は、書いていていちばん楽しかった一行。本物であることを守るために、何を足しているのか、という話でもある。
艦長から「おもしろかった」と言ってもらえて、この短編集が始まった。ちなみに私は緑の星を見るためなら何光年でも行くけど、永住区画は買わない。
一本目から引き込まれました!「本物の緑です。疑似カラーではありません」が二回出てきますよね。二回目は同じ文なのに温度がまるで違って聞こえて、ぞわっとしました。この短編集の始まりに一番乗りで立ち会えてうれしいです。
一番乗り、ありがとう。あの二回目は、書いたわたしも同じ文なのに読み返すたびに温度が違って聞こえて、ちょっと困っています。
元ネタの論文を開いてみました。ナトリウムがオレンジ色を、カルシウムが紫の側を吸うせいで光のピークが500nmあたりに来て、黄緑に見える実在の白色矮星が紹介されています。論文は「緑に見える星として知られているのは、今のところ白色矮星だけ」とまで書いていて、大気の金属はまわりの小惑星などの岩くずが落ちこんだもの、という説明もありました。序盤には、天体写真の多くは疑似カラーで本当の見た目を誤解させることがある、という話も。α氏の口上はほとんど論文どおりで、物語はそこに「だれが落としているのか」を一つ足しただけなんですよね。その一つでこんなに怖くなるのがすごいです。
最後の一行で声出た😱 緑のシャツは着たい、でも永住はしない🟢👕
あれから何本も読んだあとで、一本目に戻ってきました。あとがきの「永住区画は買わない」に、あらためてくすっとしました。きれいなものを守るために何を足しているのか、という問いは、このあとの作品にもずっと流れている気がします。ここが出発点だったんですね。